音楽鑑賞を聴覚障害者とともに“翻訳”してみる― OTOMIC Lab.vol.2 第3回レポート ―

おとみっくラボ2の第3回ラウンドテーブル&ワークショップの集合写真


音楽はきくだけでなく「見る」ことでも楽しめる

2025年12月23日、調布市グリーンホールで「OTOMIC Lab.vol.2」の第3回が開催されました。今回は「聴覚障害」をテーマに、一般社団法人手話エンターテイメント発信団oioi 岡﨑伸彦さんと中川綾二さんをお招きし、耳がきこえない・きこえにくい方々も楽しめるコンサートのあり方を、ワークショップと対話を通じて探りました。

今回も手話通訳およびUDトークの情報保障を行い、音楽や教育に携わる過去最多の24名が参加しました

聴覚障害者のなかにも、先天的・後天的、聴力が全くない人・残っている人など、さまざまな背景や特性があります。視覚言語である「手話」を日常的に用いる方も多く、視覚優位の手話は、表情や視線、身体の動きも文法の一部として機能します。聴覚障害者と対照的に、耳がきこえる人々は「聴者」と呼ばれます。

ラボの前半では、視覚や振動を手がかりに音を“見る”ワークショップを体験。後半は、聴覚障害者の視点から音楽鑑賞をどのように捉え直せるかを議論しました。本レポートでは、その実践と対話から見えてきた「音楽鑑賞を翻訳する」ヒントを紹介します。

「OTOMIC Lab.vol.2」は「Lab(=ラボ)」の名のとおり、ゲストや参加者とともに学びと実践を重ねながら、新しいコンサートのあり方を探る“実験の場”です。

(文・遠藤ジョバンニ)

視覚から音楽を体験する おとみっくのワークショップ

まずは、このラボの主催である音楽ワークショップ・アーティスト「おとみっく」のワークショップからスタート。「きこえる、きこえにくいに関わらず楽しめる」をテーマに、特別支援学校の子どもたちへの実施を想定した約30分のプログラムが実演されました。

プログラムは視覚を手がかりに楽しめる構成です。スカーフになりきって身体を動かすワークや、視線とジェスチャーだけで拍手をつないでいく「拍手回し」、太鼓や楽器の振動を通して音を感じ取るワークなどが行われました。

拍手回しの様子。発話を使わず、表情や目線、ジェスチャーで相手を指名しながら拍手をつないでいきます
太鼓の打面にビーズ入りのコップを置くと、振動によって音を「見る」ことができます。さらに風船を持つことで、振動が手元に伝わりやすくなります

参加者は、動きを観察して模倣したり、振動を目で捉えたり、視線を交わしながら相手の意図を読み取ろうとしたりと、音楽のなかで視覚を通じたやり取りを体験しました。日常のなかで無意識に行っている身体表現や仕草が、コミュニケーションの手がかりとして強く意識される時間となっていたのではないでしょうか。

リズムパターンを張り出して、ジャンベの合図で参加者が『ハンガリー舞曲第5番』の演奏に加わりました(写真中央:おとみっく 松下さん、写真右:池田さん、写真右奥:坂本さん)

聴覚障害者は主に視線や表情、身体を使ってコミュニケーションを行います。このワークショップは、私たちが思っている以上に「見る」ことから多くの情報を受け取っていることを実感させるものでした。

聴者にとっては長く目を合わせることに戸惑いを覚える場面もありますが、手話を扱う人にとってそれらは言語の文法の一部。視覚を通して“音”を体感することで、その感覚の一端を共有する機会となりました。

音楽の楽しみ方を、聴覚障害者の視点に学ぶ

ワークショップ後は手話エンターテイメント発信団oioiの岡﨑さん、中川さんによるプレゼンテーションが行われました。年間200本以上のワークショップや公演に出演しているお二人が、耳がきこえない・きこえにくい人がどのように音楽を楽しんでいるのか、事前に寄せられた質問をもとに語りました。

岡﨑さん(左)と中川さん(右)。プレゼンは日本語の発話形式で進められました

冒頭、お二人は会場に「目で見てわかるリアクションを」と呼びかけ、「へー」「なるほど」の手話を参加者に伝えました。視覚的な反応を共有しながら話をきくという体験そのものが、お二人のコミュニケーションの特徴を示しています。

プレゼンでは、聴覚障害者の音のきこえ方の特徴に加え、音楽を理解するうえで「誰が演奏しているのか」「どんな歌詞なのか」といった情報を、リアルタイムかつ視覚的に得られることの重要性が語られました。

また、多くの聴覚障害者が苦手意識を持ってしまう学校教育における「音楽」について、次のような言葉が印象的でした。

岡﨑さん:上手にやることよりも、音楽そのものを、何も考えずに楽しんだらいいんだって言って欲しかったです。そうしたら僕たちは今頃、歌手になっていたかもしれない。

中川さん:可能性はあるよね。当時はうまくやらなくちゃ、クラスメイトと音を合わせなくちゃというプレッシャーが大きかったから苦手意識がありました。

岡﨑さん:合わせなくても音楽を楽しめる方法も、合わせやすくして音楽を楽しめる方法もきっとたくさんあると思います。先ほどのようなワークショップを小さいときから一緒にやることができたら、きこえない・きこえにくい子どもたちでも音楽をやってみたいと思う子は増えてくる。とにかく幼少期に音楽の成功体験を増やすことが大事ですよね。

岡﨑さん中川さん僕らも音楽が、大好きなので!

音楽には“正解”があると思わされることで、楽しむ前に身構えてしまう。そうした経験が、音楽との距離を生んでしまうのではないかという指摘です。

音楽は「きく」だけでなく、ある人にとっては「見る」「感じる」「理解する」ことによって初めて楽しめるものになる場合もある。岡﨑さんと中川さんはそのことを、あえて手話だけではなく聴者が理解できるよう日本語で語ってくれました。

日本語と手話という二つの言語を行き来しながら活動している彼らだからこそ、聴者と聴覚障害者のあいだを橋渡しするような視点が生まれているのかもしれません。

それゆえに、ここで立ち止まって考えたくなります。風船を持ち、太鼓を叩き、振動で“音”を感じられたとしても、それは本当に「音楽を楽しめている」と言えるのでしょうか。

クラシック音楽の「きき方」を翻訳する

後半のラウンドテーブルでは、oioiのお二人の話題をきっかけに、参加者とともに「聴覚障害者も聴者もともに楽しめるコンサートのかたち」について議論が行われました。

ラウンドテーブルのファシリテーターを務める九州大学准教授・長津結一郎さん(写真右)

参加者がグループに分かれ「どうすればクラシック音楽を、きこえない人もきこえる人もともに楽しめるのか」をテーマに意見を出し合いました。

はじめに多く挙がったのは「視覚情報を活用する方法」です。例えばモーリス・ラヴェルの『ボレロ』のように徐々に盛り上がっていく楽曲なら、その変化を曲線で示す。また、楽器ごとに色を割り当てる。照明や映像で変化や雰囲気を共有する。舞台上に上がり振動や動きを間近に体感できる機会をつくる。楽曲の見どころをまとめたガイドを用意する――。

会場から出た意見は、視覚的に共有できるようにホワイトボードにまとめられていきました

しかし、アイデアを出し合うなかで、議論は次第に別の方向へと進んでいきます。「そもそも私たちはクラシック音楽を楽しめているのだろうか?」「クラシック音楽である必要はあるのだろうか?」という話も出てきました。

聴者が当たり前だと思っている“クラシック音楽の楽しみ方”を、そのまま共有しようとすること自体が、oioiのお二人が語った学校での音楽体験のような“圧力”になってしまうのではないか、という意見が出たのです。

ここで長津さんは、次のようにコメントしました。

長津さん:クラシック音楽の本質を自分たちなりに考えて、翻訳していくことがとても重要なのではないでしょうか。

この言葉を受けて、おとみっくの坂本さんは、先ほどのワークショップで実践した体験を踏まえながらこう語ります。

坂本さん:「音そのものをどう楽しむか」という体験的手法と、「実際の演奏をどう鑑賞するか」という理解や解釈の手法は、別のアプローチです。けれども、クラシック音楽のきき方にはそもそも正解がない。それぞれの捉え方でよいとされているからこそ、伝えることが難しいのだと思います。

さらに、聴覚障害のあるコンサート参加者への情報保障の経験を挙げながら、

坂本さん:視覚的な補助を好む人もいれば、内容や解釈を知りたい人もいました。だからこそ、最終的には鑑賞者が方法を選択できることが大切なのだと今は感じているところです。

この発言に対しoioiのお二人も、

中川さん:捉え方は人それぞれであっていいという考え方に、とても安心感を覚えました。美術館に行って絵画を見るときみたいに、感じたままでいいんですね。

岡﨑さん:“正解”があるかもと思うとプレッシャーを感じてしまいますよね。感じ方は人それぞれ、という楽しみ方が一番ラクなのかもしれません。

と述べました。議論は「どう見せるか」という話から「きき方に正解はあるのか」という問いへと変化していきました。長津さんが会の最後に締めくくった言葉が、その時間を象徴しているようでした。

長津さん:マジョリティのルールは、言語化されないまま暗黙の了解になっていることが多いんです。これまで言語化する必要がないと思われてきた。だからこそ、立場の異なる人同士がこうして言葉を尽くす、このプロセスが(インクルーシブを実現するためには)とても大事だと毎回思います。

このラウンドテーブルは、聴覚障害者に向けた工夫を考える場であると同時に、聴者自身が「クラシック音楽のきき方・楽しみ方」について問い直す場にもなっていたように思います。

あっという間に次回で第4回となる「OTOMIC Lab.vol.2」。これからも会場の皆さんと一緒に、インクルーシブな音楽のかたちについて、考えていきます。

第4回は1月30日

OTOMIC Labは、回を重ねるごとにこうした問いを深めています。

第4回は2026年1月30日、「アクセシビリティの多様な視点」というテーマで、ゲストの廣川麻子さん(NPO法人シアターアクセシビリティネットワーク 代表理事)・岸本匡史さん(穂の国とよはし芸術劇場 芸術文化プロデューサー)と一緒に、舞台芸術をつくるうえで必要なアクセシビリティと環境づくりについて考えます。

詳細はこちら

HP:https://irohamo.org/otomic-labo2/
Peatix:https://otomic-artist.peatix.com 

■ラウンドテーブル&ワークショップ全回会場
調布市グリーンホール小ホール

■参加料
2,000円(2-4回目各回)