誰でも楽しめるコンサートは実現できるのか。― OTOMIC Lab.vol.2 第1回レポート ―

クラシック音楽のコンサートに行くとき、あなたにはどんな景色が見えているでしょうか。わくわくしながら席について、楽曲が終わるまでじっと座って静かに聞き入る。それを何気なくこなせる人もいれば、苦手な人も、難しい人もいます。

それが例えば、目の見えない・見えづらい人だったら、車椅子ユーザーだったら、耳の聞こえない・聞こえづらい人だったら。コンサートに訪れる人々の姿を思い浮かべて、見つめ直していくことで、コンサートはこれまで以上に、もっと自由に、さまざまな人が楽しめる可能性を秘めているはずです。

インクルーシブなコンサートのあり方とは一体、どのようなものなのでしょうか。

音楽家たちが有識者や参加者とインクルーシブを考える「ラボ」

10月17日、調布市グリーンホールで「OTOMIC Lab.vol.2」の第1回が開催されました。「Lab(=ラボ)」の名のとおり、ゲストや参加者とともに「学び」と「実践」を重ねながら、さまざまな背景を持つ人が主体的に関われる“新しいコンサート”のあり方やヒントを探る“実験の場”です。

主催するのは、一般社団法人IROHAMO。

特別支援学校や文化施設などでの音楽ワークショップや参加型コンサートを得意とする音楽ワークショップ・アーティスト「おとみっく」の運営母体です。

全4回のラボを通して、知的障害や肢体不自由、聴覚障害など、さまざまな障害のある人に関する事例を、ワークショップとラウンドテーブル形式で共有。インクルーシブなコンサートのあり方を、会場参加者と一緒に考えていきます。そして、このラボで得た声や知見を、来年3月に控えたコンサートのプログラムや会場づくりに反映させることを目標にしています。

第1回である今回のテーマは「これまでのインクルーシブ・コンサートをともに振り返る」。ゲストには、文化政策学・アーツマネジメントを専門とし『舞台の上の障害者』の著者でもある九州大学准教授の長津結一郎さん、そして、公益財団法人調布市文化・コミュニティ振興財団より渡部和哉さんを迎えました。同財団はおとみっくと共同制作公演を行うなど付き合いが長く、今回のプロジェクトの協力団体でもあります。

ワークショップを展開する「アーティスト」・文化芸術業界の潮流に立ち会う「研究者」・国や地方行政が定めた方針を受け、事業を設計する「文化施設」――それぞれの立場から語られたインクルーシブの現在地を、レポート形式で一部紹介します。

(文:遠藤ジョバンニ)

排除しない場づくりの“練習” 

前半のプレゼンテーションの様子

このラボの目的は、さまざまな人と意見交換し、インクルーシブとはなにかを考えていくことですが、もうひとつ、大切な役割があります。それが、ラボに参加する方々がそれぞれの立場から「情報保障」を体感し、解像度を上げていくこと。今回は予約段階で参加者から情報保障の希望はありませんでしたが、音声認識と自動翻訳で会話を「見える化」する、ユニバーサルデザインを支援するコミュニケーションアプリ「UDトーク」と、手話通訳を導入しました。

また、会場から「記者会見みたい」と声が聞こえたイベント前半の配置。これにはアクセシビリティ的な意図があります。登壇者が横並びなのは、誰が発言しているのか、ひと目で分かるようにするためと、UDトーク用の集音マイクを個別に設置するためです。そしてUDトークによる文字起こしが表示されるディスプレイと手話通訳を、来場者の誰もが見える位置に配置すると、このセッティングになります。

手話通訳の隣にUDトークの画面を置くことで、視点を行き来せずに情報を追えるような工夫が施されています。この2つは、もしサポートが必要な方がふらっと立ち寄っても対応できるよう、シリーズを通して継続するそう

登壇者が「各分野の代表」のように横並びになってしまったこの「記者会見みたいな場」。少々堅いスタートとなってしまったかもしれませんが、だからこそ今回は、それぞれの言葉づかいや、視点などの“違い”がより鮮明に浮かび上がったのではないでしょうか。

アーティストの立場から考える“多様性と音楽”

ラウンドテーブルの前半は、一般社団法人IROHAMOを代表して、坂本夏樹さんのプレゼンテーションからスタート。まずは活動紹介とともに、今回のラボの趣旨を「主催者・そしてアーティストの視点」から説明しました。

坂本さん

音楽ワークショップを主軸に、特別支援学校などの教育機関へ出かけていくアウトリーチ活動と、文化施設が主催するインリーチ活動を得意とする「おとみっく」。

多様性への関心が社会で高まるとともに、音楽の世界でも「インクルーシブ・コンサート」「ユニバーサル・コンサート」「リラックスパフォーマンス」などの言葉が聞かれるようになりました。しかしまだまだ「誰もが安心して関われる音楽の場」は少なく、実施できる人や場所も限られています。

そのためまずは「アーティスト・文化施設の担当者・障害のある当事者・関連する人々がつながりあって、意見を交流させていくことから、根本的に『インクルーシブ・コンサート』とはなにか考えそのヒントや発展形を探りたい」と、今回のラボへの意気込みを語りました。

インクルーシブと多様性を両立させる難しさ

続いては、九州大学准教授の長津結一郎さんが登壇しました。障害のあるなしに関わらず、人が作品を通じて関係を紡ぐアートの現場に長年携わってきた長津さん。プレゼンテーションの前半は、インクルーシブコンサートがなぜ求められているのか、根拠となる法律や社会的背景について紹介。

長津さん

後半は、アウトリーチ活動の現場の声に触れながら、インクルーシブ(=社会的包摂)と多様性を両立させる“難しさ”について、次のように会場へ投げかけました。

長津さん:いろんな人がいればいるほど、多様であればあるほど、合理的配慮の線引き(=サポート)の種類が増えます。「どんな人でも参加できるコンサートを!」と気軽に言われる風潮がありますが、いきなり全員が対象となる場をつくることは、実はかなり難しいことなんです。

ひるがえって、このラボの配置が「記者会見」のようになってしまったのも、その線引きを模索した結果なのだということに気付かされます。

登壇者と参加者の間に少し距離があるように感じてしまうこの配置。一方で、UDトークの画面が見やすい位置にあることで、参加者は確実にメモをとりやすくなっていました。誰かを無意識に排除していないか。“当たり前”を捉え直すことで、結果として誰もが少しだけ過ごしやすい空間が生まれるのかもしれません。

長津さんは「インクルーシブの視点が、従来の文化芸術のあり方を見直し、拡張させていく。それが結果として“あらゆる人のための視点”につながるのではないか」とラボの活動へ期待を寄せて締めくくりました。

文化施設が担う「共生社会」の場づくり

最後の発表は、調布市文化・コミュニティ振興財団の渡部和哉さん。文化施設をめぐる、共生社会の実現に向けた全国的な動向や、現場での実践について話しました。

渡部さん

まずは、文化施設が方針の礎としている「文化芸術基本法」や「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」などの条文を引用しながら、文化施設の基本的なスタンスを説明しました。

2017年に障害のある方々の協力のもと行った劇場内部研修「パラ劇場」をきっかけに、鑑賞サポート公演や、障害のある人々と公演を制作したダンス事業、特別支援学校や児童養護施設へのインリーチ/アウトリーチなどに携わってきた渡部さん。

渡部さん:障害のある人とない人は接点が少なく、社会はまだセパレートされています。だからこそ自分は、障害のある人もない人も文化施設に集まれる、その環境づくりを大切にしたいですね。

昨今、地域の中核劇場への共生社会事業の要請は増加傾向にあり、渡部さんはこれまで以上に劇場が社会課題と向き合い、解決していく機運は高まっていくと述べました。文化施設が国や関連団体の施策を受け止めながら、地域の“ユニバーサルな居場所”として機能する未来。その視点を、協働するアーティストにも共有したいと語りました。

立場の違いを味わい楽しむ対話の時間

後半は、登壇者と参加者を交えたラウンドテーブルが行われました。アーティストや教育関係者、文化施設職員など約10名が3人ずつのチームに分かれ、自己紹介と意見交換を行いました。

普段から同じ文化芸術の領域にいながらも、じっくりと言葉を交わす機会が少ない人との対話。どのチームも制限時間いっぱいまで活発に意見交換が行われていました。その後の質疑応答では「私はアーティストなのですが、一方通行なコンサートの形式に疑問を持っていて……それをチームの方々に聞いてもらえました」といった声も上がり、多様な立場の意見をお互いが認め合い“面白がる”、そうした時間が流れていました。
それぞれの意見を新鮮に感じ、受け止め、自分の気付きとした記念すべき第1回目のラウンドテーブル。次回はどんなお話や、どんな発見があるのでしょうか。

第3回は12月23日、参加申込も受付中です

第3回は12月23日、ワークショップとラウンドテーブルの二本立てです。「支援が必要な子どもたちと舞台芸術をつなぐ方法を探る」をテーマに、聴覚障害のある方々が楽しめるコンサートのかたちを、手話エンターティメント発信団oioiの岡﨑 伸彦さん(代表理事)、中川綾二さん(理事)と考えます。参加者募集中ですので、お申し込みを希望される方は、以下の情報をチェックしてみてはいかがでしょうか。


詳細・申込はこちら

HP:https://irohamo.org/otomic-labo2/

Peatix:https://otomic-artist.peatix.com 

■ラウンドテーブル&ワークショップ全回会場
調布市グリーンホール小ホール

■参加料
2,000円(2-4回目各回)