想像の扉を開けて、見えてきたインクルーシブの姿。コンサート「おとみっくと音の旅 DoReMi ファンタジア」レポート

2026年3月20日、コンサート「おとみっくと音の旅 DoReMiファンタジア」が調布市文化会館たづくり くすのきホールにて開催されました。0歳から入場可能なコンサートとして、親子連れを中心に約280名が来場しました。
本公演は、音楽ワークショップ・アーティスト「おとみっく」による、見て・聴いて・誰もが参加できるインクルーシブなコンサートです。出演は坂本夏樹さん・桜井しおりさん・松下眞子さん、池田恭子さん。


このコンサートの構成や演出には、おとみっくの運営事務局である一般社団法人IROHAMOが、2025年10月より開催してきた「OTOMIC Lab.vol.2(以下、ラボ)」での手応えや知見が反映されています。本レポートでは、コンサート当日の様子と併せて、おとみっくがラボで得た気付きや、舞台手話通訳との協働について振り返ります。そこから、インクルーシブなコンサートを実現するために必要なものが見えてきました。
Contents
おとみっくについて
本公演に出演する「おとみっく」は、これまでに劇場、学校、福祉施設などのさまざまな場でコンサートやワークショップを全国各地で開催してきました。音楽をコミュニケーションツールとして、誰もが垣根を越えて楽しめる場を実現するため、そのあり方を、実践のなかで探り続けています。

おとみっくのコンサートは、来場者が主体的に関われる参加型であることが特徴で、ストーリー仕立てで進行するプログラムも多いです。大人も子どもも、障害がある人もない人も、どんな人でも音楽体験を共有できる公演をつくりたいという想いが、本公演およびラボの出発点のひとつになっています。
▼各回のラボについてのレポートはこちら
ラボは、インクルーシブなコンサートのあり方を、参加者と一緒に検証し、実装していく場所として開かれました。おとみっくのメンバーは、有識者や多様な立場の参加者との対話を通じて学んだことを、本公演のプログラムや演出へと組み込みながら、情報保障やアクセシビリティの向上に向けて取り組みました。
本公演では、会場である調布市文化会館たづくりと連携し、複数の情報保障や鑑賞サポートを導入しています。今回はとくに、耳が聴こえない・聴こえにくい人も楽しめるように、UDトークによる日本語字幕、舞台手話通訳、FM集団補聴システム、受付にて筆談対応の準備をしました。

また、親子でのびのびと楽しめるように座席の入退場は自由。動いたり声を出したりしてもOKなリラックス鑑賞エリアを案内したほか、座席には車椅子スペースに加え、字幕モニターや手話が見やすい「手話・字幕優先席」を準備しました。これらの鑑賞サポートは必要とする人のもとへあらかじめ届くよう、配布チラシや、会場受付でも全面的にアナウンスされていたのが印象的でした。

コンサートをともにつくる仲間、舞台手話通訳
そうした情報保障のなかでも、本公演で一番のチャレンジポイントが「舞台手話通訳」との協働でした。
これまでのおとみっくのコンサートやワークショップでは、完成したプログラムに対して手話通訳を付加するかたちで情報保障を行ってきました。本公演では、初の試みとして、発話内容を随時訳す従来型の通訳ではなく、「公演を一緒に進行する仲間」という立ち位置で、出演者としてのニュアンスが強い「舞台手話通訳」を依頼しました。

手話通訳者が所属する芸能事務所「エンタメロード」に依頼し、舞台手話通訳の村上さん・片澤さんを迎え、他の出演者と同じ一人の演者として、公演を一緒に作り上げていきました。


通常の手話通訳は、翻訳者として感情を表に出さないフラットな態度が求められます。一方、舞台手話通訳は正確な手話に加え、演者としての身体表現や主体性が求められ、事前に共有された台本をもとに手話表現を精査し、練習してともに本番へ挑みます。

今回の公演では、事前にプレ公演の映像を共有したうえで認識のすり合わせを行い、事前練習、前日リハーサルを経て本番に臨みました。会場全体の手話監修には、エンタメロード代表の江副悟史さんが入り、手話表現の適切性に加え、位置や視線、手話のタイミングといった演出的要素についても前日まで最終調整が行われました。

創作の過程では、おとみっく側も積極的に提案を行い、相互に調整を重ねながらプログラムをつくっていきました。とくに参加型ワークの場面では、聴者と、通訳を見ている聴覚障害者とでほんの少しのタイムラグが生まれてしまうため、おとみっくが通訳から役割を引き受けてジェスチャーでワークへとつなぐ必要があります。こうした演出を含めて、楽曲構成と舞台進行を一体的に組み立てていきました。
この連携が成立する背景には、さまざまな特性の子どもたちと音楽で向き合ってきた、おとみっくの豊富なファシリテーションの経験があります。その蓄積に舞台手話通訳の技法が接続されることで、このコンサートならではの表現が具体化していきました。

本公演では「伝わること」を重視して、手話やジェスチャーを積極的に演出へと取り込みました。その結果、情報保障の手段にとどまらず、すべての来場者や子どもたちにとっても、直感的に内容を捉えやすい、参加しやすい場をつくることができました。「舞台手話通訳との協働を契機に、子どもたち全体の体験の質が高まっていたのではないか」と、おとみっくの坂本さんは振り返ります。
楽しみ方は人それぞれ。ノウハウと協業がつまったプログラム
コンサート「おとみっくと音の旅 DoReMiファンタジア」のテーマは「想像をひろげること」。“扉”をキーワードに、これまでの具体的な題材から一歩踏み込んだ、メッセージ性の強い内容となっています。これは第3回のラボで見つけた「音楽の楽しみ方に決まりはない」といった気づきから着想を得たものです。

音楽の楽しみ方は人それぞれ。「こうあるべき」といった考え方に縛られず、自由なかたちで自分のなかにある「想像の扉」を開いて、音楽を楽しんでほしい。こうした考え方を背景に、本公演では多様な表現のあり方を示すため、オーケストラ楽曲や民俗音楽、耳にしたことのあるおなじみの名曲など、ジャンルや雰囲気の異なる楽曲が、おとみっくのオリジナルアレンジで登場しました。




通常、おとみっくの公演では一人のメンバーが主担当として構成や選曲を担いますが、本公演では全員で楽曲案を持ち寄り、協議を重ねながらプログラムを固めていきました。
制作過程では、ラボでワークショップを披露し、参加者からのフィードバックを取り入れながら内容を磨いていきました。プログラムの骨格が定まったのは、本番の約3か月前にあたる2025年12月。公演の編成に合わせた編曲を自ら手がけ、2026年2月には特別支援学校の生徒を招いたプレ公演も実施するなど、段階的に準備を進めていきました。
ここからはコンサートの内容について振り返っていきます。
おとみっくの実践知が生きた数々の演出
今回の演目は全11曲。その随所に、各地でワークショップを重ねてきたおとみっくならではの実践的な工夫が見られました。コンサートでは、誰が演奏しているのか、いまどのような場面なのかが、視覚的にも直感的にも伝わるよう設計されています。演奏に加えて、立ち位置や視線、表情、仕草といった要素も、演出の一部として機能していました。

冒頭を飾ったのは『ヘンゼルとグレーテル』より「序曲」です。坂本さんと松下さんが客席の扉から、小さなベルを鳴らしながらゆっくりと入場。観客の視線は、壇上でピアノを奏でる桜井さんへと自然に導かれ、やがて池田さんのシンバルがコンサートの始まりを告げます。それまで賑やかだった子どもたちも、次第に集中して音楽の世界へと引き込まれていきました。

激しい稲妻をヴァイオリンの音で表現する『四季』より「夏」の一場面。来場者も一体となって、ジェスチャーや手拍子で小さな“雨”を生み出し、それを次第に広げ、会場全体で“嵐”をつくりだすワークが行われました。松下さんが楽器と身体全体を使って表現する雷鳴と混ざり合って、観客それぞれの中に嵐の情景が立ち上がっていきます。

対照的に、のびのびとしたワークが印象的だったのは、ポルカ『クラップフェンの森で』。ラボのワークショップでパイロット版を実施した演目です。池田さんのカッコウの鳴き笛を合図に、スクリーンのイラストに合わせて、ジェスチャーとともに鳥の鳴き真似を重ねます。ゆったりとしたペースのなかで、客席では、親子で楽しそうにジェスチャーを見せ合うような場面も見られていました。

可愛らしい曲調の『プリンク・プランク・プルンク』。マリンバの軽快な音色に合わせて、小物楽器が次々と登場し、身近なものが楽器へと変わっていきます。音の違いに耳を澄ませながら、その多彩な響きを楽しむ時間となっていました。
今回は、テーマにのっとって観客それぞれが自由なかたちで音楽を楽しめるように、参加型ワークは要所に配置し、余白を持たせた構成にしています。子どもたちは、自分の席で立ち上がってワークに参加したり、手を叩いたり、じっと演奏を見つめたり、聞き入ったり――。思い思いの関わり方で音楽に触れていました。

音楽・イラスト・手話・照明が連動した舞台づくり
本公演では、耳が聴こえない・聴こえにくい人も楽しめるよう、とくに視覚的な表現を積極的に取り入れたコンサートづくりが行われていました。その実現を支えていたのが、音楽にとどまらない、さまざまなクリエイターとの協働です。
温かみのあるビジュアルを担当したのは、おとみっくの活動初期からコンサートのイラストを手がけてきたよだか舎の櫻井れいなさん。コンサートの内容がしっかりと反映された本公演のための描き下ろしイラストが、物語を彩りました。

おとみっく池田さん考案の「人形の表情をつくるワーク」では、可愛らしい人形の喜怒哀楽のイラストが舞台上に大きく映し出されます。子どもたちもその表情を手がかりに、自分でも真似をしてみたり、隣の人と顔を見合わせたり。ころころと変わる人形の表情に夢中になっていきました。

そして続くワルツ『踊る人形』では、その人形と同じドレスをまとった松下さんが登場し、曲名さながらに踊りながら軽やかにヴァイオリンを奏でます。イラストと演目が密接に連動することで成立する演出が、会場に驚きと没入感をもたらしていました。
また、情景的間奏曲という副題がついている管弦楽曲『ペルシャの市場にて』では、桜井さんが楽曲をイメージした物語を読み上げ、それにそって組曲が進行します。会場の画面に表示されていたUDトークは一時的に止まり、中央のスクリーンに、楽曲の情景を色彩豊かに描いたイラストとともに、桜井さんの語りが文字情報として映し出されました。


舞台中央に桜井さんと手話通訳の村上さんが立ち、文字情報もスクリーン中央に集約されています。視線移動を最小限に抑えることで、情報理解を促す意図があります。これらは、ラボで実施したパイロット版において、ろう者の意見をもとに調整されました。会場全体が絵本の読み聞かせを聞くかのように、物語の世界に引き込まれていました。

さらに、リハーサル段階からホールの技術チームと照明効果についても綿密な調整が重ねられてきました。とくに、途中でテンポが変わる『山の魔王の宮殿にて』では、桜井さん・松下さん・村上さんが舞台中央を起点に動き回り、場面の進行に合わせて動きも次第に速まっていきます。それに呼応するように照明も変化し、手話が視認できる明るさを確保しつつも、緊張感を高める赤いライティングが、空間を引き締めていました。
アーティストであるおとみっくの演奏技術と、会場を巻き込んでいく専門性の高いファシリテーション。そこに舞台手話通訳やクリエイター、ホールスタッフなど多様な人々との連携が加わることで、会場にはひとつの、豊かな時間が生まれていたのではないでしょうか。

“想像の扉”が開いた、その向こうで見えたもの
あらためて、インクルーシブなコンサートを実現するために、必要なこととはなんでしょうか。その答えのひとつが、このコンサートをつくりあげたアーティスト・劇場・舞台制作・クリエイターといった関係者それぞれが、誰かの姿や状況を「想像」しながら、対話し、選択を重ねていく姿勢に表れていたような気がしています。

その過程では、従来以上の対話や調整が伴うかもしれません。ですが、多様な人々が関わり合いながら同じ方向を目指すこの試みは、「総合芸術」としてのコンサートのあり方を更新するものになっていたのではないかと思います。

今回のラボを通じて見えてきたのは、アクセシビリティや情報保障について、立場の異なる人々がともに考え、共通認識を築いていくプロセスの重要性でした。
「想像の“扉”を開ける」というテーマを掲げた「おとみっくと音の旅 DoReMi ファンタジア」。鑑賞のあり方そのものという“扉”をひらくことで、誰かにとっての音楽体験の入り口は、確かに広がっていたのではないでしょうか。

(写真:鈴木穣蔵 ※一部を除く、文:遠藤ジョバンニ)


