実際にやってみて、皆で最適解を見つける― OTOMIC Lab.vol.2 第4回レポート ―

2026年1月30日、調布市グリーンホールで「OTOMIC Lab.vol.2」の第4回が開催されました。今回のテーマは「アクセシビリティの多様な視点」。これまでLabでは障害のある当事者や実践者のお話をうかがってきましたが、今回は、公演や作品を上演する「劇場」や「文化施設」の視点から、さまざまな人が楽しめるインクルーシブなコンサートのあり方を、ワークショップと対話を通じて探りました。

今回も手話通訳およびUDトークの情報保障を行いました。座席を円形に配置し「通訳や字幕画面が見やすい席」を設け、希望する方へ案内しました

今回のゲストは、シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長の廣川麻子さん、穂の国とよはし芸術劇場・芸術文化プロデューサーの岸本匡史さんです。ラボの前半では、音楽ワークショップアーティスト「おとみっく」による実演、後半はゲストによる講演と対話が行われました。

インクルーシブな舞台芸術をつくるうえで必要な、アクセシビリティの担保や環境づくりについて学んだ当日の模様をレポート形式でお届けします。

「OTOMIC Lab.vol.2」は「Lab(=ラボ)」の名のとおり、ゲストや参加者とともに学びと実践を重ねながら、新しいコンサートのあり方を探る“実験の場”です。

(文・遠藤ジョバンニ)

コンサート本番で演奏するプログラムを実演

まずは、このラボの主催である「おとみっく」のワークショップからスタート。3月20日に開催予定のコンサートを見据え、おとみっくの桜井しおりさんを進行役に、坂本夏樹さん(ピアノ)・松下眞子さん(バイオリン)・池田恭子さん(パーカッション)の編成で、本番さながらに2曲を実演しました。

最初は、エドヴァルド・グリーグ作曲、組曲『ペール・ギュント』より『山の王の宮殿にて』。桜井さんの動きが指揮の役割を担い、テンポの変化に合わせて手拍子や足踏みなどの身体表現を取り入れながら、会場全体もボディパーカッションで参加しました。その後、会場から2名の“指揮者”を選び、それぞれの指揮に合わせてセッションが行われました。

ワークショップの様子

続いてはアルバート・ケテルビー作曲『ペルシャの市場にて』。楽譜に指定された情景をもとに、おとみっくがオリジナルの物語を構成。砂漠に囲まれた市場をめぐるシーンが次々と立ち上がり、参加者は物語の世界へと引き込まれていきました。

ワークショップ終了後には、このプログラムのアクセシビリティを改善するため、参加者から意見が寄せられました。

普段、手話通訳をしている者の参加者からは「ワークショップ中は手話通訳もUDトークの文字画面も動いていないため、字幕があってもどの部分を読み上げているのか、わかりづらいのではないか」という指摘がありました。

また、ろう者の参加者からは「生演奏だったので、誰が演奏しているかはっきりと分かってよかったが、字幕画面が中央の位置に集約されていれば、演者と字幕を同時に見ることができたのではないか」という意見も出されました。

物語の内容を絵付きテキストとして投影し、視覚的にも楽しめるよう工夫しました

本番公演に際しては、手話通訳も演者のひとりとしてリハーサルから参加して、ストーリーや進行を共有したうえで通訳の準備を行う必要があるのではと提案がありました。文字表示の方法や演奏者・手話通訳の立ち位置など、実演を通じて課題が可視化される貴重な機会となりました。

ろう者のことを知り、情報保障のポイントを押さえる

後半はゲストによる講演に移ります。まずはシアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長の廣川麻子さんが「さまざまな人を劇場に迎えるときの環境づくり」の題で発表しました。

廣川さんが代表を務めるシアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)は「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」を合言葉にしている観劇支援団体です。ろう者を中心とした当事者が主体となって、手話通訳や字幕、音声ガイドなどの観劇サポートの普及に取り組んでいます。

特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長 廣川さん。ろう者の劇団で俳優・制作として30年以上活動し、2012年に仲間とTA-netを立ち上げました

冒頭、廣川さんは聴覚に障害がある人や手話文化について説明。「ろう者」という呼称や、聴こえ方にも個人差があること、手話や発話といったコミュニケーション手段について丁寧に解説したうえで、「聴覚障害者」に該当する人のなかでも、置かれている状況は多様であると話しました。

ろう者である廣川さんは、家族との会話は発話で、ろう者・難聴者の知人・友人や、手話ができる健聴者とは手話でコミュニケーションをとります。同様に、状況や相手に応じて手話と発話を使い分ける人も多くいます。アクセシビリティを考えるうえでは「本人にとって適切な方法を確認する必要があります」と前置きし、文化施設における情報保障について、場面ごとの具体例を紹介しました。

廣川さん講演の様子。中央にいる手話通訳者が廣川さんの手話を読み取って、音声にして会場へ伝えます

例えば、観劇の窓口である受付では、音声情報が中心になりやすいため、視覚的に注意を引きアナウンスを伝える工夫が必要です。また、実際の劇場で受付担当者がつくったコミュニケーションボードの事例などを交え「当事者も話しかけづらく、遠慮しがちです。こうしたものを活用して声をかけやすい環境を整えてもらえたら」とポイントを共有しました。

また、観劇サポートに取り組もうとすると「まだ全てきちんと準備できていないから……」と、完璧を目指すがあまりにサポート体制が停滞してしまう事態に陥りがちです。そうしたときこそ「3つの時系列で視点をもつことが大切」と廣川さん。アクセシビリティを担保するために「いますぐできること」「工夫すればできること」「次回やりたいこと」。この3つを念頭に置いて、サポートを必要とする人々との対話から、できることを見つけて実行していってほしいと述べて、トークは終了しました。

公共劇場の3つのアクセシビリティ

続いて穂の国とよはし芸術劇場PLAT・芸術文化プロデューサーの岸本匡史さんが登壇。公演を行う劇場のスタッフ経験が豊富な岸本さんの経験や実践事例から、その可能性と課題について語りました。

穂の国とよはし芸術劇場PLAT 芸術文化プロデューサー 岸本さん

岸本さんは現在、愛知県豊橋市にある「穂の国とよはし芸術劇場PLAT」で技術文化プロデューサーを務めています。それ以前には小劇場の劇団で約17年間活動し、その後、公立劇場での勤務や、助成事業を担うアーツカウンシル東京での経験を重ねてきました。

近年は障害のある人もない人も一緒に楽しめる舞台を目指して、当事者と一緒につくりあげる公演やワークショップを企画してきました。そのなかで、公共劇場のアクセシビリティには大きく3つの側面があると考えるようになりました。

一点目は、建物としてのバリアフリーなど、ハード面のアクセシビリティ。

二点目は、字幕や手話通訳、音声ガイドなどによる鑑賞のアクセシビリティ。

三点目は、作品やワークショップに参加するための、創作・参加のアクセシビリティです。

例えば一点目のハード面で代表的なものとして、最寄駅から劇場までの動線やエレベーター、点字ブロック、バリアフリートイレの整備などが挙げられます。また、劇場には磁気ループや筆談器など、鑑賞をサポートするさまざまな備品が用意されているため、劇場スタッフ自身がその内容を理解し、来場者に適切に案内できるように備えることが欠かせません。

また、ゲストの廣川さんが二点目の鑑賞サポートに注力してきたのに対し、岸本さんに関連が深いのはこの三点目の部分です。これまでにろう学校との共同ワークショップや、ろう者を含むメンバーと共同制作したダンス作品などを経て、多様な人々が関わる作品づくりには「想像力を働かせる」ことが大切だと岸本さんは振り返ります。自分と異なる感覚や文化をもつ人と対話していくことで、価値観が揺さぶられます。そこでの発見を作品へと落とし込んでいく、その面白さに魅了され、数々の作品を手がけ、海外視察にも赴いています。

「芸術文化を同じ時間、同じ場所で体験することは、誰にとっても大切な権利です」と岸本さん。そのうえで、アクセシビリティは、作品の意図を完全に伝えることよりも「『どうすれば一緒に楽しめるか』と向き合い続けることが大切です。『これは伝わらないかも』と迷うときこそ、その原点に立ち返ってください」と、会場に語りかけました。皆で同じ作品を囲み、問いを重ねていくことこそが、アクセシビリティを進めていく原動力になるのかもしれません。

最適解をみんなで、その場でつくる

後半のラウンドテーブルでは、ワークショップとゲスト2人のお話を受けて「自分の現場・活動で情報保障のためにどんなことができるか?」というテーマで議論が行われました。

参加者は、演奏家、文化施設のスタッフ、俳優、そしてアクセシビリティのことを仕事にしている手話通訳と、多彩な人々が揃っていました。ラウンドテーブルの冒頭は、そうした異なる立場の3~4名が1つのグループになって、それぞれの視点から意見を交換しました。

ラウンドテーブルのファシリテーターを務める長津結一郎さん。出た意見を文字情報としてボードにまとめていきます

参加者の意見共有が終わり、登壇者が前に出たタイミングで、印象的な出来事がありました。このとき会場には、登壇者の側でろう者に手話表出する通訳者と、ろう者の手話を声で読み取る通訳者の2名の手話通訳がいたのですが、意見を発表する話者が流動的に変わってしまうことで、手話通訳の立ち位置を変更する必要があり、通訳同士での場所の再確認に少し時間がかかりました。

そこであえて長津さんは進行を止めて、廣川さんに、今ここでどんなことが起こっているのか、この状況について説明してもらいました。

廣川さん:3人で話そうとしたときに、隣に手話通訳がいて、もうひとり手話通訳の人がいます。ろう者である私が手話で話すので、読み取り通訳が前に行きます。そして手話は表情も重要な要素なので、反応を読み取るためにこちらの目線を基準に通訳が視界に入るところに立つことも大切です。そしてこの参加者のなかにも聞こえない人がいます。その人も通訳を見る必要があるので、場所のどこに立てば、双方の人間が見ることができるのか、相談して決めるんです。

手話通訳者が一時的に立ち位置に悩んだのは、複数の話者や観客の位置関係に応じて、最適な通訳位置を調整する必要があったためです。この説明を受けて、会場全体がその状況を理解することができました。

長津さん:誰かを排除しないようにするためには、今のような工夫がものすごく必要で、この時間は、その場の最適解を皆で見つけていく、とてもクリエイティブなプロセスでもありますよね。

インクルーシブな場を皆でつくりあげていくために、実際に行動に移してみてはじめて、わかることが多々あります。ラボであるこの場が、その実験装置として働いていることが感じられる時間だったのではないでしょうか。

改めて「自分の現場・活動で情報保障のためにどんなことができるか?」というテーマに対して会場からは、「ワークショップや講演から情報の的を絞ることの大切さを感じた」という意見が出ました。情報の的を絞る=なにを本質とするかが、アクセシビリティを考えるうえで重要だと前置きしたうえで、長津さんは登壇者に問いかけます。

長津さん:情報保障を入れることは「字幕があることで気が散ってしまうのではないか」「作品の方向性と合致しないのではないか」と捉えられることもあるようです。ですが、本当にアクセシビリティが考えられた公演は、そのような問いを軽々と乗り越えている印象です。情報の本質を見定め、クリエイティブにアクセシビリティの環境を作っていくにはどうしたらいいのでしょうか?

廣川さん:やっぱり、この方法でいいか皆で議論することですね。手話通訳や字幕だけでも、字幕を舞台に投影するのか、字幕と手話通訳を両方用いるのか、それとも手話通訳だけで対応するのか、選択肢がありますよね。大量の情報のなかで、どの部分を一番に伝えたいのか、考えることが大切です。

岸本さん:アクセシビリティは、どうしても手段に陥りがちです。なんのために情報を保障するのか。誰もが一緒に楽しむための方法論としての、字幕や手話通訳、音声ガイドであるべきだと思いますので、そこに立ち戻ってほしいなと思います。そうすると自然と、膨らませたい部分、削りたい部分が見えてくるのではないでしょうか。

インクルーシブなコンサートを実現するためになにが必要か、ゲストや参加者と向き合い続けてきた「OTOMIC Lab.vol.2」。先進的な事例や知見を学ぶだけでなく、実践することで気付き合っていくことの大切さや、そのために話し合える関係性を築くことの必要性を体感する貴重な機会になっていたのではないでしょうか。

おとみっくの坂本さんは最後に「ゲストや参加者の皆さんにワークショップを見てもらって、対話を重ねるなかから、どこの部分を大切にしていくべきか毎回考えていく。おとみっくとして、とても悩みながらこの全4回のラボを進めてきました。今後はそのプロセスを継続していくことが大切だと思うので、私達皆で悩みながら『今度またやってみよう』と挑戦・実践できる場をこれからも、つくっていきたいです」と意気込みを語りました。

このLabで得た知見や学びを活かし、おとみっくは、3月20日に開催されるコンサート「おとみっくと音の旅〜Do Re Mi ファンタジア〜」に挑みます。コンサートの模様も後日、レポートにてお届けいたしますので、ぜひご覧ください。

次は4月13日の報告会です!

「OTOMIC Lab.vol.2」は「Lab(=ラボ)」の名のとおり、ゲストや参加者とともに学びと実践を重ねながら、新しいコンサートのあり方を探る“実験の場”です。

4月13日にはLabの報告会と称し、10月から始まった全4回のLabとコンサート本番を振り返りながら、今後の展開やそれぞれの現場での実践に繋がる可能性について、皆で考えます。

■日時
2026年4月13日(月曜日)18:30-21:00

■会場
調布市文化会館たづくり 学習室 大 1001(10階)

■対象
ユニバーサル/インクルーシブ公演を行いたいと考えているアーティスト
ユニバーサル/インクルーシブ公演で音楽家との協働を行っている/行いたい、文化施設職員・公演主催者
ユニバーサル/インクルーシブ公演について興味がある方

■参加料
無料                                                

■情報保障
UDトーク
手話通訳

詳細はこちら

Peatix:https://otomiclab2-5.peatix.com/

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