インクルーシブなコンサートは、誰のためにあるのか。― OTOMIC Lab.vol.2 報告会レポート ―

2026年4月13日、調布市文化会館たづくりで「OTOMIC Lab.vol.2」の報告会が開催されました。
「OTOMIC Lab.vol.2」は「Lab(=ラボ)」の名のとおり、主催者である一般社団法人IROHAMOと、音楽ワークショップ・アーティスト「おとみっく」が、さまざまなゲストや参加者とともに学びと実践を重ね、誰もが楽しめるインクルーシブなコンサートのあり方を探った、“実験の場”です。
2025年10月から全4回、約半年にわたって行われたのち、おとみっくは2026年3月開催のコンサート「おとみっくと音の旅〜DoReMiファンタジア〜」に臨みました。
報告会の前半では、おとみっくがラボやコンサートの軌跡を振り返り、後半は、参加者を交えたラウンドテーブルのなかで今年度を総括するとともに、次年度に向けた問いについて、活発な議論が交わされました。
誰もが音楽を楽しめる環境づくりに必要なものとはなにか。当日の模様をレポート形式でお届けします。
(文・遠藤ジョバンニ)
Contents
学びと対話からインクルーシブなコンサートのあり方を模索した6か月
まずは、ラボの報告から。IROHAMO代表でおとみっくメンバーの坂本夏樹さんと、東京藝術大学 准教授の長津結一郎さんが登壇し、イベントレポートを軸に各回の印象的な事柄を挙げていきました。
第1回「これまでのインクルーシブ・コンサートをともに振り返る」

第1回のラボでは、おとみっくがラボを始めた経緯や、インクルーシブ・コンサートの根幹となる法律や社会的背景を、調布市文化・コミュニティ振興財団の渡部さんとともに整理しました。長津さんから、インクルーシブと多様性を両立させる難しさが示された一方で「インクルーシブの視点によって、従来の文化芸術のあり方が見直され、拡張されていく」と、挑戦が新たな音楽や芸術のあり方を探るヒントになるのではないか、という期待が語られた回でした。

坂本さん:情報保障を意識した結果、第1回の会場は、登壇者が横並びになる「記者会見」のような少し堅苦しい配置になってしまいましたよね。私はこれがラボの学びの原点だったように思います。
長津さん:あのときは、おとみっくが自分たちで手話通訳やUDトークを手配するのに慣れていなかったんですよね。アクセシビリティを整えようといざ実施すると、しばしばこういった場面が起こります。それを皆で面白がりながら、次へ活かそうとする関係性も、インクルーシブな場をつくるうえで非常に大切な基盤ですよね。
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第2回「支援が必要な子どもたちと舞台芸術をつなぐ方法を探る①知的障害・肢体不自由」

第2回からは、具体的な実践編として、おとみっくによる音楽ワークショップの実演も行われ、参加者もワークショップを体験しました。

また、事例発表のゲストには、発達障害のある子どもたち向けの音楽教室を展開する「人と音色」の武藤さんと、知的障害や発達障害がある12名のメンバーが太鼓奏者として働く和太鼓集団「瑞宝太鼓」の岩永さんを招き、日々の活動についてうかがいました。

坂本さん:障害のある方と一緒に音楽活動に取り組んでいるお二人でしたが、お話を聞いてそれぞれの活動方針や目的によって、アプローチ方法がかなり異なると感じました。
長津さん:「上達するのがいいのか、その人らしくあるのがいいのか」というテーマや、音楽活動をともに行ううえでの、本質的な問いが多々登場しましたよね。
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第3回「支援が必要な子どもたちと舞台芸術をつなぐ方法を探る②聴覚障害・ろう」

第3回は、手話エンターテイメント発信団 oioiのお二人をゲストに、聴覚障害者も一緒に楽しめる音楽のかたちについて考えました。おとみっくの「視覚で楽しめる」音楽ワークショップと、当事者によるプレゼンテーションの両面から、思索を巡らせる時間となりました。

坂本さん:岡﨑さんと中川さんの「上手にやるより、まずは音楽そのものを楽しんでいいんだと思えることが大切」「そうした経験があれば、もっと音楽に前向きに関わる人が増えるのではないか」という言葉が心に残っています。「音楽には正解はない」「それぞれの楽しみ方がある」という気付きは、3月のコンサートのテーマの軸となりました。

長津さん:ラウンドテーブルでは「クラシック音楽をどう翻訳したら、聴覚障害者の方々にその魅力が伝わるのか」ということに迫った時間でした。誰もが楽しめる音楽を考えるうえでは「そもそもクラシック音楽とはなんなのか」「きこえる人はクラシック音楽をどう楽しんでいるのか」という本質的な問いに向き合うことは避けて通れないんですよね。大切なのは、その場ごとに、そこにいる人々で最適解を見つけていくことなのかもしれません。
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第4回「アクセシビリティの多様な視点」

第4回のワークショップでは、3月のコンサートで演奏することが決定していた演目、組曲『ペール・ギュント』より『山の王の宮殿にて』と、アルバート・ケテルビー作曲『ペルシャの市場にて』のパイロット版を実演。本番に向けて、本格的に参加者からフィードバックを募りました。

また、ゲストトークでは、公演や作品を上演する「劇場」・「文化施設」の視点から、アクセシビリティの向上には、完璧を求めるよりも、まず実践を重ねることが重要だと学ぶ回となりました。

坂本さん:このときの長津先生の言葉が、とても記憶に残っています。「本当にアクセシビリティが考えられた公演は『情報保障を入れることで創造性が制限されるのではないか』という問いを、軽やかに乗り越えているという印象がある」というお話をされていましたよね。
長津さん:創ったものにあとから字幕や手話通訳を足すのと、公演を作るプロセスの最初から情報保障を前提にして、一緒に創り上げているかどうかでは、大きな違いがあると思います。廣川さん・岸本さんという先駆者を交えてその実践を振り返ることができたのは、本当に貴重な時間でした。
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コンサート「おとみっくと音の旅〜DoReMiファンタジア〜」

日時:2026年3月20日(日)
会場:調布市文化会館たづくり くすのきホール
出演:おとみっく(坂本夏樹/桜井しおり/松下眞子/池田恭子)、舞台手話通訳 (村上幸愛/片澤怜)
手話監修(江副悟史 株式会社エンタメロード)
ラボが終了して間もない2026年2月には、特別支援学校の生徒を招いたプレ公演も実施し、段階的に準備を進め、3月20日にコンサート「おとみっくと音の旅〜DoReMiファンタジア〜」を開催しました。
今回の公演では、おとみっくのプログラムで初となる舞台手話通訳との協働が組み込まれ、おとみっくの高い専門性と、さまざまなステークホルダーとの協力のなかでインクルーシブなコンサートのひとつのかたちを実現させました。
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これまでを振り返って、おとみっくのメンバーそれぞれにも、多くの学びや気付きがありました。ピアノを担当する桜井さんは、舞台上にいる自身には、2つの役割があるといいます。
桜井さん:ひとつがピアノの前に座って演奏するピアニストとしての役割。もうひとつが、参加者を巻き込むファシリテーターとしての役割です。

桜井さん:今回のコンサートではどちらのときも「視覚的にどう伝えるか」にこだわりました。演奏時もただ真剣に弾いているだけでなく、通常よりも顔の表情や身体表現を80%増量するくらいの気持ちでいました。どんな感情で、どんな情景を思い描きながら演奏しているのか。それが身体を通して伝わるよう意識して舞台に立ちました。

その結果、テンポや雰囲気が、自然と子どもたちにも波及するような、音楽が“見える”瞬間をつくることができたと手応えを語りました。
ヴァイオリンを担当した松下さんは、
松下さん:今回のコンサートでとてもよかった部分として、舞台手話通訳をはじめとする鑑賞サポートが、特定の人々のサポートに留まらず、観客全員の鑑賞のサポートになっていたことだと思います。舞台手話通訳の存在が、聴覚障害者だけでなくて、あの会場にいるさまざまな人が、状況や音楽をわかりやすく楽しめるためのツールになっていたのが自分のなかでの発見でした。

と述べ、坂本さんや舞台手話通訳の手話を、子どもたちが真似ている姿を見て「音楽は人と人、人と社会をつなぐもののひとつ」ということが伝わるコンサートになっていたのではないか、と結びました。
これらを受けて、ラボのファシリテーターを継続して担当してきた長津さんは「プロセスが丁寧だった」とこれまでの取り組みやコンサートの感想を述べました。
長津さん:3月のコンサートまでに、おとみっく自身の練習、インリーチプログラムでプレ公演を実施して、その後、舞台手話通訳さんとの打合せ、リハーサルを経て本番を迎えたわけですよね。実際、1回きりの本番で、当事者の鑑賞体験を想定しきることは難しいと思います。なので、さまざまな実践の機会を作ってプログラムをブラッシュアップしていったのは、大切なプロセスだと感じました。

長津さん:聴覚障害者も一緒に楽しめるように、音楽をどう“翻訳”するか、という部分について、コンサートを鑑賞しながら「どんな音が鳴っているのか」という部分で共通理解を得るのは簡単ではないとも感じました。「これはきっとこういう音なんだろうなあ」と捉えられる表現や工夫をどう増やしていくか、という部分も今後のポイントになるのではないでしょうか。
と、アーティストとして、観客の音楽に対する想像をさらに膨らませるための“引き出し”をどう作っていくか、という問いを投げかけて締めくくりました。

坂本さん:おとみっくが従来からさらに表現力を高められたことで、コンサートでは、きこえない・きこえにくい方々だけでなく、言葉を会得している最中の子どもたちにとっても、直感的に楽しめる時間につながったのではないかと感じました。また、今回のコンサートは大規模だったので、これを汎用的な実演に落とし込んでいくことは、今後の課題です。このコンサートを軸として、変える部分と変えない部分を、さまざまな人々と対話しながら精査して、進化させていきたいですね。
と話し、実際にコンサートを鑑賞した人や、障害のある人があの公演を観てどう感じたのかフィードバックがほしいといった課題を掲げ、前半のトークを締めくくりました。
音楽は言語の壁を超えられる?
報告会の後半は、参加者を交えてのラウンドテーブルへ。2つのテーマで、表現者や制作者などグループに分かれて議論を重ね、発表しました。
ひとつめのテーマは「今回のラボの学びを今後どういうことに生かせるか?」。
表現者のグループでは、アーティストがインクルーシブな鑑賞体験を率先して創り上げていく重要性や、公演が観客の事情に合わせて「選択肢を提示できること」について、意見が挙がりました。制作者のグループでは、非営利型の団体が事業をどう継続していくか、そしてそれをどう支えていくかといった話や、関係者へ事業の意義やマインドをどう伝えるかといった幅広い話題が上がりました。

ふたつめが「音楽は言語の壁を超えられる?」。次年度、おとみっくが取り組もうとしているテーマに関連した議題です。「音楽に国境はない」。音楽の素晴らしさが語られるときによく耳にする言葉ですが、それぞれのグループからは「前提として、心理的安全性が担保されている必要があるのでは」や「音楽も言語と同様に、全世界各地の文化のなかで育まれてきたもののひとつとして、密接に関係しているのではないか」という意見が続々と挙がりました。
「音楽が言語の壁を越えられれば、音楽の美しさや本質が伝わる公演やワークショップになるのでは」という声がある一方で「そもそも音楽が言語の壁を越える必要があるのか」という本質的な問いも浮上し、次年度に向けて考えを巡らせました。
次年度はそうした「コミュニケーションの多様性」について、言語によるコミュニケーションに困難や隔たりを感じている人たちと、どう音楽を共有するかという部分にフォーカスして、ラボを継続していきます。
私たちがコミュニケーションをとるうえで重要なツールとなる「言語」。今回の対話を通して見えてきたのは、音楽と言語を単純に切り分けることのできない複雑さでした。だからこそ「OTOMIC Lab.」は、実際に試し、対話しながら、その都度、最適解を探っていく“実験の場”として、次年度も問いに向き合い、インクルーシブな音楽体験のあり方を模索していきます。
OTOMIC Lab. vol.2
学びと実践を繰り返し、新たなユニバーサル・コンサートをつくるプロジェクト
【主催】一般社団法人IROHAMO
【共催】公益財団法人調布市文化・コミュニティ振興財団
【助成】アーツカウンシル東京2025年度第1期社会支援助成
【実施体制】
アーティスト:坂本夏樹、桜井しおり、松下眞子、池田恭子
制作:大丸敦子、鈴木智之、北沢理美
アドバイザー:長津結一郎(九州大学准教授/東京藝術大学准教授)
記録執筆:遠藤ジョバンニ

